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昔は歯を食う「歯虫」がいた!?

歯の痛みを体験した時から、人はむし歯の存在を認識したと思われます。むし歯の発生は、紀元前2000年ころの古代バビロニアの時代にすでにみられ、歯痛に対する対応法が加持祈祷によりなされ、とくにむし歯やそれにともなう痛みは歯を食う虫、歯虫が原因であると考えられていました。

ギリシャの大哲学者、アリストテレス(紀元前384〜322)は、「イチジクの軟らかく甘い実を食べるとなぜ歯を害するのだろう。これは、おそらくその粘り気と、軟らかさがイチジクを歯に粘着させ、それが容易に腐るために起こるのだろう」と現在のむし歯の原因に近い考え方を示していたことが自著に書いてあるが、ほとんどすべての人は歯を食う虫、歯虫が存在すると信じていました。

そしてこの歯虫説は、洋の東西を問わず、なんと近代医学が芽生える18世紀末ごろまで信じられていたのです。歯痛と歯虫説を歴史的に振りかえってみると、古代バビロニア人は歯痛が起きたとき、「歯虫祓(はむしはらい)」の呪文を三度唱え、その後、ヒヨスの実と乳香をまぜたものをむし歯の穴に詰めるという歯痛に対する治療を行なっていました。

このヒヨスの実や乳香は、痛みを鈍くさせる働き(知覚鈍麻作用)があるので、現代の治療法に準ずる合理的な方法であったといえます。しかし、歯虫を殺すという概念、考え方はなかったようです。また、アラビアの医師アビセンナ(980〜1038)は、歯痛は「歯虫」という小虫が歯質を食うために起こるのだから、歯をきれいにして小虫をとり除くのが大切であると、むし歯と歯面清掃の必要性を関連させています。

そして、ズキズキするような痛みのある場合は、歯の根に体液が過剰にたまっているためとし、むし歯の穴を広げ、歯の神経の入っているところ(歯髄腔(しずいくう))を穿孔開放して、薬を塗る治療をしたとされています。

現代の歯科治療でも歯の痛みを取りのぞくだけの非常に簡単で、原始的だが確実な方法は、歯に穴を開けて(髄腔穿通法(ずいくうせんつうほう)膿汁や血液を排出して痛みを取ることなので、前述のアビセンナの治療法も現在の処置法に準じた考え方、治療法といえます。

いっぽう、日本民族の文明の発展に多大な影響を与えた中国では、紀元前1600〜1028年ごろの甲骨文に「歯を疾める蟲=虫」がいると考えられていました。またこの歯虫の概念は、日本にも隋の時代(583〜617)の医学書(諸病源候論)から伝承され、「虫長六〜七分、皆頭黒」と歯虫の形を具体的に書いています。(「醫心方」第五巻四六帖、四六頁)。

これは多分、むし歯の穴から取り出した歯の神経(正しくは歯髄)をみて、その形状を記述したためと思われます。またむし歯のことを専門用語で齲歯(うし)、または齲蝕(うしょく)というが、この齲(う)の字の禹(う)(呉音、漢音ともクと発音するが慣用音でウという)は、虫を意味しています。

ウ(牙ヘンニ禹)も同様だが、牙は臼歯部を意味するので、主として奥歯のむし歯に記述されていたと思われます。さらに近世(16〜18世紀)に入って、顕微鏡が発明(1590年)されて歯の解剖学が発展したにもかかわらず、依然として歯虫説は信じられていて、デンマークの解剖学者ジャコバエン(Jacobaens,Orgerus 1650〜1701)は、激痛のある歯を掻爬(そうは)すると一匹の虫を発見し、これを水の中に入れたらしばらくの間、運動したといっています(これも歯の神経=歯髄と思われる)。

またモンペリエ大学のリベリウス(1589〜1655年)は「歯の虫はむし歯の穴のなかにたまった物質の腐敗によって生じ、歯痛は短時間の間、間歇的(かんけつてき)に反復して発現する。このとき患者は歯の内部にいる虫の動きを感ずる」といっています。

これはズキズキ痛む状態をあたかも虫がいるように感じるところからきた表現と思われます。いっぽう、歯虫説に異議を唱える人びとがようやく出はじめたのもこのころで、フランスの医師ハウーリエHaullier,Jacques 1498〜1562)は古来からの学者が歯虫を殺すために行なうヒヨスの薫蒸法(くんじょうほう)は意味がないとか、18世紀の欧州の、近世歯科医学の祖といわれるピエール・フォーシャル(Pierre,Fauchard 1678〜1761)は、「齲窩(うか)(むし歯の穴)や歯石のなかに虫がいるというが、自分はこれらの虫はみたことがなく、その存在を承認も否定もしない」と歯虫説に懐疑的であった。

また牧師であったシャッフェル(Shaffer,Jacob,C.)が、長年信じられていたヒヨスの実を薫蒸して歯虫を殺す方法はインチキであることを実証してから、この歯虫説は徐々に衰退しはじめました。

参考資料:「人生は歯で決まる」(株)日本地域社会研究所

 

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