ホーム プロフィール 趣味 おもしろ大辞典 ボランティア 心ある歯科医は吠える 坂本歯科医院のホームページ

歯磨きは仏教と医学の二本立てで日本に伝わった

わが国における口腔衛生思想はインドに起源し、後に仏教と共に中国や韓国を経て伝えられたものと思う。

これを裏づける説として、石川蕘雄氏の「正法眼蔵の衛生思想」の報告の中に「史書というものが無かったインドでは、歴史、医学、天文学、数学などに関するものは、みな仏教の教義と共に、すべて仏教経典の中に収められて後世に伝えられたものである。

したがって爪を切ることや大小便の後の洗滌のしかたとか、歯の磨きかたとかの個人生活および集団生活における当時の衛生状態のことも、みな仏教経典によって知ることができる」とある。

これからすると、わが国の「歯を磨く」という思想は、仏教伝末(欽明(きんめい)天皇十三年=五五二年)と共に輸入され、それが平安朝期に至って行われた密教の灌頂式にもある楊子の儀式が民間にも伝わリ広まったのであろう。

また、これと平行して、大宝律令(七〇一年)によって医療制度が確立された。これは、中国に派遣された遣隋使、遣唐使の帰朝報告に基づいて隋、唐の確立した医事制度をそのまま見倣(みなら)ってつくられたものである。

はじめは、唐の医事制度に従って体療(内科)、瘡腫(外科)、少小(小児科)、女医(産科)、耳目口歯科、鍼(針)、咒禁(じゅごん)(まじない)、按摩(あんま)、薬園師(薬剤)を専門科目とした。

したがって、歯科は耳鼻咽喉科、眼科と一緒に教育された。その後、鎌倉期〜南北朝期〜室町時代初期には、口歯咽喉科となり、室町時代末期〜安土桃山時代に口歯科として独立した。

そして、口歯科を担当する医師は一般医師の修業を終えた後に口中科を専門としたので口中医と称した。

口中医は、「醫心方」を教科書とし、兼康口中科、親康口中科などの医書によって口腔、咽喉の疾患、歯牙疾患の処置にあたった。

これらのことから、わが国の口腔衛生思想は、仏教を通じてと医学を通じての二本立てで広く普及してきたものと考えられる。

参考:歯科の歴史おもしろ読本 長谷川 正康 著

 

おもしろ大辞典へ戻る


E-Mail: takafumi@sakamoto.or.jp

ホーム | プロフィール | 趣味 | 面白大辞典 | ボランティア | 歯科医は吠える | 坂本歯科医院