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歯科治療の歴史をひもとくと

歯科医学、歯科医術とは何か。歴史をひもとくと、古い時代から歯牙の治療のみを中心とした治療歯科学の完成を目指し、それを唯一の目標としてきた感があるように思える

現時点では、歯科医学は歯科医学だけで行うものではなく、全身の状態を総合判断し、また、あらゆる医学的な観点から口腔内の状態を観察して処置を行っていかなければならない時代であるといわれています。

しかし、医学の歴史の歩みの中では、歯科医学は、一般医学の一分野で、医学の発達に伴って進歩してきたもので、いまさら改めて、全身疾患との関係を云々しなければならないというのはおかしいでないだろうか。

歯は生体の一部であるからには、全身の状態を無視して歯科治療をしてもその成功は望めないのは当然である。

このようなことをいまさらいわなければならないのは、「歯科学(歯学)概論」のみの教育にたより、真の「歯科医史」の教育不足によるものであり、「歯科医史学」の軽視の結果であると思う。

これは、これとして、歯科医学(以下歯学)、歯科医術がいかなる科学的、技術的な発展経過を経きたものであるか、改めて過去を振り返ってみる必要があるのではないか。

現在、歯学を学びつつある学生、学徒、現時点の優れた歯科医療、歯科医術から出発し、これが当たり前であるかのように受け取っている。

洋の東西を問わず歯学がここまで発展したのは先輩の歯科医師のなみなみならない血の出るような努力があったればこそである。

一七二八(享保一三)年、閉鎖的で、秘密的だあった歯学を公にしたのは、ピェール・フォシャールである。

彼は自分の二〇年以上にわたる臨床治験例を中心に積み重ねて聞いた研究、治療医術を「外科歯学医」(Le Chirurgien Deniste)と題する著書によって、誰にも学べる機会をつくった最初の人である。

彼の医学治療、技術の公開によって著しく歯学が進歩するとともに、多くの国の有名な医師、歯科医師がそれぞれ独自の診断法、治療法、その技術などを公開し、お互い切磋琢磨しつつ、また、これらを総合して歯学を発展させたのである。

わが国の歯学は、万延一(一八六〇)年来日したイーストレーキ(William Clark Eastlake)と、それに続いて来日したウイン(Henly Winn)、エリオット(St. J. Eilliott)らによって初めてもたらされた西洋歯科医学によって始まったのである。

そして、従来からわが国の「口中科=口(歯)科」が、小幡栄之助申請によって「歯科」という名称になり、その後、日本の歯科教育にも次第に体系づけられ、明治時代には「歯科医学」を名づけられ明治時代には「歯科学」となり、戦後は「歯学」と呼ばれるようになった。

歯科医学(歯学)=歯科医術が一般医学から分れて独立した専門の学問になった時、その内容は大別して次の三科に分かれていた。すなわち、歯科治術学(Operative Dentistry)は、歯牙の処置(治療、充填)、金冠装着、歯牙の清掃(歯垢、歯石の除去に始まる歯周病の処置)、抜歯などに関する処置を取り扱った。

歯科器械学(Mechanical Dentistry)=歯科技工学=歯科補綴学(Prosthetic Dentistry)は、歯牙欠損部の補綴、熾烈矯正装置その他歯科技術に関する問題を取り扱い研究した。

口腔外科(Oral Surgery)は、顎骨、上顎洞に関する診断手術や抜歯を除いた口腔軟組織の手術を中心とした。

抜歯術は口腔外科が取り扱うものであると思っている人が多いが、本来、歯科治療学が扱う分野であって、G.V.Blackの教科書"Operative Dentistry"には抜歯鉗子の種類や抜歯術が書かれているのをみてもわかるであろう。

その後、歯学の進歩によって歯科治療学は歯内療法学、歯周病学(歯槽膿漏症)、歯冠修復学(歯科充填学)に分かれ、一科として独立した。

また、一九五六(昭和二十三)年頃から各歯科大学に小児歯科学の講座が設けられた。

参考:歯のおもしろ読本 長谷川 正康

 

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