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江戸人の歯磨きは粋な証拠

さて、こんなにたくさんの歯磨が売られていたが、人々はどのような使い方をしていたのであろう。将軍家の歯磨については既に話した。

大名についてもほぼ同じようで、南に面した広大な庭園を見晴す居間で黒塗盥(おけ)にまた、ハ寸の三宝(さんぽう)に塩、松脂、奥医師処方の歯磨粉の三色の歯磨を載せたものを出し、自分で好みのものを房楊子につけて磨いた。その後に入浴したという。

江戸新吉原遊廓での洗面は特殊であった。殊に太夫職の花魁(おいらん)(傾城(けいせい)ともいう・遊女)と一晩過した朝の手水(ちようず)は、花魁の召使いの新造が盆の上に吉原楊子と歯磨袋を載せて出すと、禿(かむろ)(花魁の見習)が嗽(うがい)い茶碗に水を入れたのを運んでくる。

客は蒲団の上にどっかと坐り、楊枝の房先をむしり唾をつけて歯磨袋に入れて粉をつけ、おもむろに歯を磨き、ついで房楊枝を縦に裂いて、その角を利用して舌をしごき、楊枝を二つに折り、畳においた半盥(はんぞう)(桶)に捨て、茶碗をとって嗽する。

次に半盥の上に両手を出すと、残しか茶碗の水を新造がかけてくれるので二度洗面するのが仕来りであった。多くの場合、この洗面を寝床の上ですますので、水を蒲団にこぼす恐れかある。

こぼすと、その客は野暮な客といわれた。太夫職以下の遊女(格子、散茶)になると、「”米さん(よね)起きなまし、ドレ嗽水(うがいみず)をとってきまほう”と出て行く、程なく嗽茶碗、はんぞうを特って来り、押人れの下より歯磨の箱を出し、楊子の房を爪で引き切り、はどよくして出す」などと人情本にある。

この場合、歯磨粉のかわりに左手の親指と人さし指のくぼみに塩を置いてくれることもあった。

商家のおかみさんなどは、女の嗜(たしな)みとして、寝顔を直し、髪を撫でつけ、口を磨き主人に愛想をつかされないようにした。

江戸の庶民は、朝風呂に入ることを江戸っ子の生命(いのち)と思っていた。その光景は式亭三馬の「浮世風呂」によく描写されている。

「油で煮染(にしめ)たような手拭をいくじなく、だらりと肩にかけ、手のひらへ塩をのせて右の指で歯を磨きながら来りしが、つばを吐く拍子に肩の手拭を落す」、また、「晒(さらし)の手拭のところどころ、くちべにのつきたるを肩にかけ歯磨袋を楊枝につらぬきしをはけ(髪の房)の問にはさみ」などとある。

さらに、上述したように「浮世床」には「勇み肌の男、三馬製法の箱入歯磨を持ち、舌攪きの附いたる肝木(かんぼく)の楊子で磨きながら来る」とあるほど、江戸庶民の間に歯磨粉は普及していた。

歯科の歴史おもしろ読本
著者 長谷川 正康

 

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