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なぜ見える?如来の歯

伊予「歯長寺(しちょうじ)」の由来(ゆらい)

民俗学の権威である中山太郎氏は「歯牙と民俗」(よはい草)のなかで「歯長寺の由来と歯吹如来」について次のように書いている。

「伊予(いよ)国東宇和郡字(あざ)宇和村大字(おおあざ)伊賀上は、足利(あしかが)又太郎忠綱(ただつね)が逃(のが)れて此の地に潜居(せんきょ)し身を終る。

忠綱の長い歯を理めたので、その寺を歯長寺といっている。此の寺の名の由来などは少しく注意を払へば、直ちにその正体を突きとめることができるのである。

即ち此の寺は必ずや元は忠綱寺(ちゅうこうじ)と称していたのを、何か歯痛に霊験(れいけん)あるように思はせるために、強き歯を有していた足利忠綱に附会(ふかい)(こじつけ)したのに相違ない」

足利又太郎忠綱は、田原藤太(とうた)八代の末孫俊綱(としつな)の子で下野(しもつけ)の住人という。

彼について『東鑑(あずまかかみ)』(吾妻鏡)をはじめ、『斎諧俗談(さいかいぞくだん)』(大朏東華(だいひとうか)著)、『一時随筆』(岡西惟中(おかにしいちゅう)著)などによると、

「希代(きだい)の勇士で、力は百人力、その発する声は十里四方にひびき、歯の長さは一寸」あったと書かれている。

岡西惟中は江戸時代の医師であるが、医師らしい立場で次の様に感想を述べている。

「力の強きも、声の高きも、歯のおほきなるも、みな腎精(じんせい)の余気(よき)なり。腎の強きものは、おほやう智すぐれ、才たくましく、気根の強盛なる事常の事也」

桑名(くわな)「法盛寺(ほうせいじ)」の阿弥陀仏(あみだぶつ)

中山氏はつづいて、伊勢桑名(いせくわな)の法盛寺(ほうせいじ)の仏についてこう述べている。

「本尊阿弥陀仏は湛慶(たんけい)の作で奥州の藤原秀衡(ふじわらひでひら)の念持仏であったというが、御歯まで具足(ぐそく)してゐるので俗に歯吹如来(はふきにょらい)と称している。

歯吹如来とか、歯出し地蔵」とかいふ仏像は、このほかにも各地に存しているが、これも結局は歯の患者から報賽(ほうさい)を得んがため製作したものに過ぎぬのである。

我国に歯に効験(けん)のある神や仏の夥(おびただ)しきまでに存しているのも決して偶然ではなかったのである」

八王子「極楽寺(ごくらくじ)」の鼻取如来(はなとりにょらい)

『新編武蔵風土記稿(むさいふどきこう)』から極楽寺の仏の由来をみよう。

「八王子の極楽寺という寺の本尊の阿弥陀様を鼻取如来(はなとりにょらい)と呼んでおりました。

むかし、この付近にあった寺の田を百姓が怠けて耕してくれぬので困っていますと、小僧が現れて馬の鼻をとって助けたといいます。

この小僧がここの本尊の如来様の化身(けしん)であったのです。どういうわけですか、この阿弥陀如来は唇が開き、一名歯ふき仏とも称えたそうです」

この極楽寺は、東京都八王子大横町にあり、如来の像容(ぞうよう)は来迎印(らいごういん)(極楽浄土へ迎える型)立像で、像高九九センチメートル、室町時代の作といわれています。

参照:歯の風俗誌 長谷川 正康

 

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