ホーム プロフィール 趣味 おもしろ大辞典 ボランティア 心ある歯科医は吠える 坂本歯科医院のホームページ

音楽雑記帳 その2

1987年もまた1986年同様明るいニュースは少なく、暗い陰うつな事件の多い年であった。円高不況、教育荒廃、地価高騰、株の大暴落、航空機事故等々、その中で米ソINF撤廃条約が締結され、あまりに長かった米ソ冷戦時代からやっとぬけ出し、雪どけ状態となった。この事ぐらいが唯一我々、小さな、無力な地球人として、救われることではなかったかと思う。私にとっては、この一年は眼から火が出る程忙しい喧騒の日々であった。診療、会務、家庭、友人達との会、その他「山の会」、スタディーグループ研究会、学会での発表とこんな調子である。毎年毎年、人とかかわることが多くなる一方である。人と出会うということは、時には、ドラマチックな程神秘的でしかもロマンティックなものだが、又時には、ストレスの最大の原因ともなり、非常な疲労感に襲われることもしばしばある。しかしそういう時、人間の豊かさ、暖かさをちょっぴり感じさせてくれ、心のいとおしさを教えてくれるものの一つは、やはりぼくにとってはクラッシック音楽である。前回の音楽雑記帳で述べたように1987年も音楽の世界だけは、素晴らしい演奏家、楽団達が来日したすごい年であった。3月のウイーンフィルとそれに伴なって来日したポストカラヤンの最右翼、クラウディオ・アバド、また人気もののジョゼッペ・シノポリ、又ピアノの世界では今最も人気のある女性ピアニストであるマルタ・アルゲリッチ、声楽の世界では、ドイツの重鎮、フィシャーディスカウ、ソプラノの第一人者キリテ・カナワ、現在カラヤンのお気に入りのソプラノ歌手、キャサリン・バトル、美人で知られるメラニーホリディー、そしてテノールの一人者、プラシッド・ドミンゴと名前を挙げただけでも聞いたら気の遠くなる程、世界的な声楽家がぞくぞくと来日し、その美声を日本人に聞かせてくれたことは、クラッシック音楽史の中で、特筆すべきことであろう。またNHKでも放送されたが、日本の現代クラッシック音楽の父とも言える故斉藤秀雄を記念して、指揮者の小沢をはじめ世界中で活躍している斉藤秀雄の日本人の弟子が100人以上もヨーロッパに集い、記念コンサートを各地で開催し、そのコンサートのできは、ベルリン市民の音楽愛好家が驚嘆する迫力であったと聞いている。ヨーロッパ各紙は、「西洋音楽」(彼らにとっては、自分たちの音楽だが)を自分達のものにしている東洋人の集団に、驚異を感じたと報じている。又、世界中の一流の演奏家110人をヨーロッパに集め、シノポリが指揮をするという、ワールドフィルハーモニックオーケストラのコンサートが開かれ、マラー作曲「交響曲第1番」(巨人)が演奏され、世界の平和を祈念したことも印象的なイベントであったといえよう。1988年はいよいよメトロポリタンオペラが来日する年である。キャサリン・バトル、プラシッド・ドミンゴも再来日する予定である。音楽の話しはさておき、前述したとおり、米ソはやや雪どけムードだが、我々地球人、とりわけ歯科医をとりまく状況がすごい速度で厳しくなってきている昨今、せめて、せめて、心の豊かさ、気高さ、暖かさを失いたくないと思うのは私だけではないであろう。そんなことを考えていたら、一つ思い出した言葉があった。「幸福な家庭は皆一様に幸福に見えるが、不幸な家庭は皆それぞれに不幸である。」たしかトルストイの言葉だと思うが、平凡な家庭生活の毎日が最も幸福ということなのであろう。ぜいたくをあきらめる時が来ているのである。こんなことを思いトルストイの言葉をかみしめながら、ウイスキーの水割片手に夕映えの志摩半島、賢島を見ている平和な正月である。ウイスキーが、そろそろ頭にきいてきたので、とりとめのない雑記帳を閉じることにしよう。
世界の人々に幸多かれ!!

1988年1月3日 志摩半島、賢島にて

坂本 貴史

おもしろ大辞典へ戻る  


E-Mail: takafumi@sakamoto.or.jp

ホーム | プロフィール | 趣味 | 面白大辞典 | ボランティア | 歯科医は吠える | 坂本歯科医院