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箱根駅伝 その1

箱根駅伝と日本歯科大学
山梨学院大学が底力を見せて2連覇。第71回箱根駅伝は、山梨学院大学が、6区の山下りで藤脇君が区間賞の快走で早大を逆転、8区で早大に1位を明け渡したものの9区で平田君が再逆転してトップに立つと、10区でも差を広げて2年連続3度目の総合優勝を達成したのは、周知のとおりだが、この正月の一大イベントである箱根大学駅伝に、日本歯科大学が、17回も出場している事実は、日本歯科大学OBの先生方もご存知ではないのではないか。

(1)箱根駅伝の歴史
マラソンの父といわれる金栗四三氏は、第5回オリンピック、ストックホルム大会に出場しながら途中、棄権の悲哀を味わったが、この敗戦の原因を反省し、帰国後マラソンの普及、ならびに記録の向上を目指して、献身することを秘かに誓った。そしてそれを実行に移し、各県にある師範学校をまわって指導に歩いた。全国行脚の旅を続けながらも、関東にある大学、高等専門学校の後輩たちの指導にも、意を注ぐことを忘れなかった。その証拠として、この駅伝競走を企画したり、報知新聞社に後援を依頼したり、各学校をまわって参加を呼びかけた。この結果、「四大校駅伝競走」が実現するとともに今日まで71回もの回数を数える程長時間にわたって続いたのであった。ちなみに遅くなったが第1回大会は大正9年2月14日、15日の両日であった。箱根駅伝の道のりも順風ではなく、その間、中距離選手育成に適当でないとか、交通事情の悪化により、警視庁、神奈川県警から中止を勧告されたりもしたのである。しかし、この難関も、関東学連の歴代幹事長をはじめとする学生役員、OB役員の情熱によって、その伝統の灯を消すことなくきたのである。「箱根駅伝と日本歯科大学、その2」では、本会の副会長である斎藤紀久雄君のお父上である斎藤久吾先生や、本会物故会員である三宅喜多治君の駅伝での活躍を詳細にご紹介しようと思う。日本歯科大学の最高位は3位であった。

平成7年1月

坂本 貴史

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