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心ある歯科医は吠える NO-1

NO-4 NO-3 NO-2 NO-1  (左が新しい記事です)

 

平塚市に日本初の24時間通年開館のIT生涯教育センター
(マルチ目的型センター)の設立を!

平塚市は、相模川と花水川に挟まれ、南には景勝相模湾、北には大山、丹沢連峰をいただく県央の位置にあり、首都圏内の都市要件を充分満たす環境にありながら、日本経済の長期にわたる景気低迷(デフレ)と、日本政府の将来展望のない経済政策・金融政策・福祉政策・教育行政・雇用対策をとったため、地方もその大きな影響をまともに受け、商店街には活気がなく人通りもなく、又市内にある大企業の工場群も大苦戦中です。しゃれた町並みや親しみやすい町並みが消え、中心地区には高層マンションが乱立し、公園にはコンクリートが敷かれ、高齢者や子供たちにとっては居ごごちの悪い感じがするのではないかと心配しております。これは、もちろん平塚市にだけ起きている問題ではなく、首都圏近郊の市町村も同様に抱えている問題と充分認識しております。首都圏近郊の市町村も問題解決のために様々な手段・手法を考えていると思いますが、平塚市も同様、魅力あふれた都市を目指すには山積みされた問題を1つ1つ解決していくことが必要であり、考えられることを下記に述べてみました。

1、 超高齢化に対応する町づくりソフト・ハードの遅れ〔道路のバリアフリー化、介護保険サービスの不備及び充実(療養型病床群病院の増床、老健施設、特養ホームの増設)、環境の悪化、救急救命センターの立ち遅れ、高齢者・子供の遊べる場所の確保など〕。
2、 商業都市、工業都市、農業水産都市、学園都市、文化都市、首都圏のベットタウン等をどう整合性を持たせながら発展させていくか。
3、 ムダの多い公共事業の再評価と是正 〔公共事業をある期間 医療、教育、文化振興、福祉、環境、防災(耐震)、防犯、バリアフリーの町づくりに不可欠なエコロジーを考えた交通システムの推進に絞ってみる〕。
* エコロジーを考えた交通システムの利点と利用法
・ 低騒音、低公害、タイヤを利用したフラットカーによる身障者利用可。
・ 郊外から市内中心部に入る車の為の大駐車場を6ヶ所程度を確保し、中心部にはエコロジーを考えた路面電車にのりかえてもらう。
・ 自宅と駅と勤務先との通勤時間がよめる。
4、 行政サービスの徹底を緊急に図る。
(1)市内にある美術館、公民館、博物館、図書館、福祉会館等市立の施設の通年開館と出来る限りの有料施設の無料化および開館時間の延長。
(2)住民票や戸籍抄本等の証明書等の発行が全公民館、図書館、美術館、博物館、コンビ二、百貨店、スーパーマーケット等で24時間および通年発行できるようにする。
*(例、18才以上の市民一人一人に市民カードを発行し証明書等の発行をATM化する)
5、 公園を考え直し、土と緑に戻し、雑木林づくりをはじめ、道路には街路樹を増やし、人にやさしい環境作りに努める(一部では始まっている)。
6、 空き教室を利用した学童保育の充実、公教育に関しては教師の質の向上と施設の環境の再整備を図る。
7、 市職員の適切な配置と人数の再検討。
平塚市と友好都市静岡県清水市との総合的な比較

  平塚市 清水市
面積 67.88ku  227.65ku
人口 約25万5000人 約23万9000人
H12年度当初予算 約689億円 約703億円
市職員数 約2530人  約2350人
公民館数 26館 18館
スポーツ振興 J2リーグに加盟(湘南平塚ベルマーレ) J1リーグに加盟(清水エスパレス)
漁業  相模湾及び近海漁船停泊可 遠洋漁業、大型船舶停泊可(コンテナ船2万トン級)

8、 ゴミの収集や焼却、学校給食等の完全民間委託(早期に)。
9、 公用車の廃止(市内タクシー会社に輪番制で4台〜5台を時間借上げ実施)。
10、24時間対応及び全診療科科目対応の救急救命センターの早期設立
〔現在の市民病院・共済病院等ではER(救急救命室)がないのが現状〕。
11、35万都市を目指す(面積と社会的バランスのとれた行政サービスを考えた適正な
人口)。
12、平塚市新総合計画21の抜本的な見直し(審議委員の選考を再考し市民参加型にする)。
13、企画部の立案の再検討と民間人の積極的な登用。
14、平塚市がかかえている諸問題の解決に市職員組合の協力が不可欠。
15、平塚市がかかえている諸問題を解決する為には全庁的な取りくみが必要。
等、上げれば枚挙に暇がないのは首都圏近郊の市町村も同様であると充分認識しております。
21世紀に入り、日本は技術立国でありながら何と人や動植物の遺伝子解明等の知的特許権や知的所有権等、諸々の分野で先進国に遅れをとり、アジアの数カ国にも抜かれ、今や発展途上国並みの国力となってしまいました。アジアでもシンガポール、インド、韓国、中国や台湾等の発展は目を見張り、ITにおいて、日本は先進国より10年から15年以上の差をつけられました。
そこで、私の緊急提言に入ります。
私は、平塚市に日本ではじめてのIT生涯教育センターの設立を提案します。
このセンターはITを25万余の市民に学んでもらい、市内をIT化することを目的としています。もちろん県内外の来訪者も受け入れ、24時間、通年開館の施設とし、男性、女性をとわず労働環境が多様な現代にも対応できるものとします。
入館料はできるだけ抑え、1000台以上のパソコンを企業からリースし、熟練した講師を常時50人程度配置します。400~500台収容できる駐車場を設置し、また保育施設を併設します。高齢者には囲碁や将棋等のゲームや基礎操作から、子供はゲーム等から、又、若者や壮年層にはビジネスチャンス(ベンチャービジネス)も可能な面白いプログラムも考え、基礎操作と共に教育します。
とにかく子供から高齢者までパソコンに親しみ、インターネットの面白さ、醍醐味を覚えてもらい、行政は市内の行政出先き施設等とリンクさせ、行政サービスの向上をはかります。
この案は一見絵に書いた餅のようですが、日本で3300以上ある市町村の中で、初めて手を上げれば、経済産業省、文部科学省、政府も興味を持ち、また何に投資したらよいか手詰まりな民間企業にも参入してもらい、今まで失敗してきた第3セクター方式ではなく、政府のIT基本法に裏づけされたパイロット的な事業と考える方が実現可能だと思います。
この施設には、一時多額な資金も必要だし、大きな用地(一例として、用地には見附台体育館跡が考えられる)も必要です。しかし、政府のIT基本法に裏づけされたパイロット的な役割を考察すれば、実現は可能です。そして、このセンターの役目はITのノウハウを使って、介護支援センターの県内の大拠点とし、社会福祉士、ケアマネージャー、介護福祉士、ホームヘルパーや保育士の育成も、ITセンターで学んだことを礎にインターネットを活用し、教育事業を展開します。そして、超高齢化社会が進むにつれ、今より必要性が益々増大する老人ホーム、特別養護老人ホーム、デイ・ケアセンターをこのインターネットシステムを駆使してセンターを変容させ立ち上げ、併せてこのセンターは子供から高齢者まで考慮した、ビジネス(IT関連)、教養、趣味、娯楽など幅広い分野( 英会話、書道,、茶道、華道、絵画、彫刻、囲碁、将棋、クラシック、ジャズ、ロック音楽など)を習得できる場とし、また各世代に対応できる買い物・飲食街を要した大モール化を考えています。つまりセンターの「目的」、「ありさま」を花にたとえるならば、紫陽花の様に変身、変容していく日本で初の型のセンター、私はこのセンターを「マルチ目的型センター」と名づけたいと思います。そうすれば、このセンターは100年はその大きな社会的責務を果たす重要な拠点となるに違いないと考えています。このセンターにより、新たな雇用を生み、所得を勤労者が獲得できれば、自治労も積極的に協力してくれると思います。なぜなら、この考えで進めれば損をする人が一人もいないからです。これは一時的な投資ではありません。現在の吉野平塚市長は知力、先見力、感性ともすばらしく、それに加え、中央政府へのパイプも強く、行動力がある方なので、至急庁内にIT生涯教育センターの設立を考える準備または調査委員会を市長直属で持ってほしいと思います。今なら出来る。市長なら出来る。これが平塚市を再生させる道だと思います。また、さらなる発展の起爆剤だと私は信じています。平塚市は、国内で注目を浴びることになるでしょう。
この25万人都市から新しい21世紀型の町作りができ、県も国も興味を持ち、注目し、日本社会が地方から変わっていくモデルになる可能性を充分に持っている施策と私は考えています。2003年には是非センターを設立にこぎつけて先進国にソフト・ハード両面で追いつき、また市の活性化、企業の活性化そして子供から高齢者までがリンクで結ばれ、関わりを持ち、有機的またマルチ的な関係が構築されると考えています。このセンターによって次世代、次々世代へとうまくバトンタッチされることを確信しております。
さあ市長、今行動の時です。デフレですが一つの光明を信じ、信念で突き進むのです。これは大きな事業なのでトップダウンでしかできません。2002年のW杯サッカーは1ヶ月のことです。これは100年のインターバルで考えている一大プロジェクトであると私は認識しております。
平成13年3月6日 文責  坂本 貴史

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[日本を福祉国家にするために政治家は命をかけて欲しい!! ]

 過去を振り返って見ると、今の日本のこの危機的経済状況に類似しているのは、昭和の初期です。時の浜口雄幸内閣は頭脳明晰な井上準之助蔵相を抜擢して徹底した行政改革を断行し、政府の公用車を廃止し、軍備費を大幅に削減する画期的な施策をとり、庶民の窮状を救ったのです。今の政治家は国、つまり庶民を命をかけて守る気概が全くなく自分のことだけ考えているのが残念でたまりません。
 今まさに温故知新「古きをたずねて新しきを知る」の時代です。
 そうでないと、将来の日本はかなり絶望的な社会となることが確実視されると多くの有能な知識人も指摘しています。

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湘南ホームジャーナル2000年10月20日 第943号 (地域生活情報新聞)「この人」のコーナーに掲載されました。  (記事再掲)

 「愚直とは高貴なことなり」
湘南ホームジャーナル2000年10月20日 第943号 (地域生活情報新聞)「この人」のコーナーに掲載されました。  (記事再掲)
 紅谷町メディカルポート1階の歯科医院のドアを開けると、一瞬戸惑う。しゃれた肘掛け椅子、壁面には潮風を感じるマリーナの風景。オーディオヘッドホンにアロマテラピー。しかし歯の治療説明が張って有るところを見れば、ここは間違いなく歯科医院の待合い室。ここの主のメッセージが穏やかな空気の中に感じられる。招き入れられた部屋の中には柔和でいて、意志を持った瞳の持ち主の笑顔があった。
 歯科医として最先端の技術と人に優しい医療を実践する一方、社会福祉法人進和学園理事を歴任するなど幅広い社会福祉活動に取り組む。加えて文化・教育活動にも献身を惜しまない熱血漢の行動派。それがこの人、坂本貴史さんである。
 11月には今年で4回目となる知的障害者支援チャリティコンサートを親交のある方々約35人を招き、例年どおり「待合い室」で行う。今年は参加者の心に「癒し」を贈るコンサートが企画されているが「新しい21世紀を迎えるには、余りにも現代人の心は程度の差こそあれ傷ついている。大人も子供も」社会全体の閉塞感を嘆く。参加者間の親交を深めるきっかけともなるが、本来の目的「財政危機による補助金のカットにより苦境に陥る弱者への支援」をはっきりと打ち出す。始めに人有りき、政策や体制のもとで人が底辺になることを許さない。理想論ではなく、足でかせぎ現場に立って問題の糸口を探り行動に移す。正義の通らぬ人の世を嫌う。この9月迄の1年間は平塚市教育委員長を務めたが、徹底した現場主義を通した。市内全校を廻り授業の席に着き、鈴木前教育長らと共に開かれた教育委員会にするために定例会を市民に公開した。慣例という言葉はそこには無い。風当たりの強さは「正義と愚直を続ければ、必ず正義が勝つ。それを信じて前に進む」。好きな言葉は「愚直とは高貴なことなり」−馬鹿正直であっても一つ一つ積み重ねることで高貴となる。
 平塚、日本、世界とグローバルな視野で社会や人を見て在るべき姿を熱く語る坂本さんに政治への転身を問うと「僕は町の歯医者」と一笑。その肩越しに「世の栄達は何の値あろうぞ」と書かれた張り紙が1枚。
 帰り際ふと覗いた治療室には所狭しと患者さんの作品である絵や写真が、名入りで飾ってある。気骨ある人情家の素顔が見えた。
坂本歯科医院 院長 坂本 貴史さん(50)

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「浅間祭企画」
「21世紀の平塚〜教育への提言」と題し、基調講演を行いました。「講演内容掲載」

21世紀の平塚~教育への提言

平成121112

[基調講演]     於 平塚市教育会館 大会議室

午後1時〜3時

 

本日は、浅間祭企画の一環としてはじめて、現在大きな社会問題となっている教育、とりわけ学校教育を取り上げ、このようなシンポジウムを企画して頂いた浅間祭実行委員会、平塚市青少年課、および後援して頂いた教育委員会、ならびにシンポジストを快く引き受けてくださった先生方に心より御礼と感謝を申し上げ、重ねてこのシンポジウムに参加してくださったお父様、お母様やご家族の方々に基調講演者として心より御礼申し上げます

さて、21世紀を目前にして、私たちを取り巻く社会の状況、とりわけ生活環境の変化のスピードは人間の持つ能力をはるかに超えたものではないでしょうか。また、幾多の情報が質、量ともにいわゆるファジーに供給され、垂れ流しされている状況を鑑み、私たち公教育の充実と活性化を願い期待するものとしては、そのファジーに供給され続ける多量の情報や施策などの選択肢を選ぶのに、極めて高い感性が必要とされていることは言うまでもないと思います。そして、児童生徒を取り巻く様々な深刻、かつ困難な問題に挑戦する熱き思いが、いまこそ我々大人達に求められていることを、今日、深く認識すべきと考えます。

さて、過去を振り返ってみると、新学制6334制度が戦後始まり50年以上を経ました。その歴史は決して輝かしい歴史とはいえないのではないでしょうか?それは、試行錯誤の歴史であったし、諸々の問題を包含しながら続いた制度ではないでしょうか?この制度が時代の急激な変化についていけず、偏差値教育を結果的に生み出し、個性軽視、画一的教育を生み出したことは、まぎれもない事実として認識せねばならないと思います。今までに公教育を受けた国民も、そしてその担い手であった教師達もとりわけ、子の親となった私達も、この教育制度に疑問を抱きつつ、総括できないまま、時の流れに身を任せて無責任に過ごしてきたことは事実であり、私たちは深く自戒すべきではないでしょうか。

そして、この教育制度は国内でも国際的に見ても充分機能せず、閉塞状態となっています。児童・生徒の体力の低下、学力、知力の低下、徳育の低下、感性の低下、持久力、忍耐力の低下、社会性の低下などに顕著に現われている事は、どの研究機関、マスメディアも報告および指摘を繰り返していますし、私達もその現実にさらされていることは、憂慮に耐えがたいものがあります。現在、教育改革国民会議が中間報告をし、教育基本法の改正が論じられておりますが、この6334の教育制度、偏差値教育、画一教育には現在の日本に適用しないのは、誰もが異論のないところだと思います。

少々ミクロな視点で問題を指摘すると、学級崩壊、後をたたない校内暴力、心ない教師達からうける言葉を含めた体罰、校内の備品の破壊、又、益々陰湿化を深める「いじめ」、急激にその数が増加している不登校、クラブ活動の低調化、クラブ活動数の減少、また家庭においては、家庭内暴力(子供への虐待、親や兄弟に対しての暴力)、仲間同士の薬物乱用、質の悪いメディアの情報(特に悪質なテレビ番組)そして性犯罪など児童・生徒を取り巻く環境の深刻な問題や事例を挙げれば枚挙に暇がないと言わざるを得ません。

「いったい、学校教育、家庭教育、社会教育はどうなってしまったんだ」と我々親たち教師達そして高齢者の方々はその解決の方法を模索しながらも、ただただ茫然としているのが現状ではないかと思います。

原因の一つだけは解っています。一見、些細な問題や事例に対して、それを結果的に重大なことになるとは思わず、軽視し、また無視し、顕在化してからは、そのことを隠ぺいするといった一つの構造がいつの間にか出来上がってしまったからではないでしょうか。この構造は、国家官僚組織、地方行政組織、会社組織そして学校組織にも転移し、警察までもがこの構造に巻き込まれてしまい、それは末期的な癌症状にも似ていると言えます。学校教育に関して言えば、当然、この責任はイデオロギーとは別に、政府、国家責任であると同時に家庭、とりわけ親たち、学校現場、教育関係者に重い責任があることは言うまでもありません。ただ、残念なのは些細な事例を放置せず、すばやく対処し、分析していれば、このような事態にまでは至らなかったのではと、私を含めた教育関係者は責任を感じなければいけないと思います。

学校現場の処理能力、教師の資質もさることながら、親、家庭教育の低下が大問題であると思います。少子化も加わって、子供を過剰に甘えさせ、しつけを怠り、他人の子供を注意できず、自分の子が他人にしかられれば腹を立ててしまう、という短絡的な親たち、またその親、家庭教育の低下が実は大問題であることは指摘を待たないと思います。

そこで、今回のシンポジウムでは「家庭教育における親たちの役割をいかに再構築するか?」をキーワードとして、是非シンポジストの先生方に討論して頂けるよう提起をしたいと思います。本来、親たちは子供の自立を支え、そして育み、自分と他人との違いを認識させ、他人との違いを認め、尊重するという心構えをさせるのが大きな役割であったはずであります。残念ながら、学校現場でそのことを完全にバックアップしているかというと疑問が大きく残ります。

今の日本は、人は底辺で、まず「国、組織ありき」で一個人より国家、組織が君臨しています。スペインを例にとれば、まず人が一番上で国家は一番下にくるという意識を国民全体が共有しています。互いの個性を尊重しつつ、他人との違いを認め、認識し認め合う教育をしっかり受けています。今の日本では、まず「組織ありき」で個人は最後に回され、個性を必要とせず、金太郎飴的教育を会社、学校、団体等は戦後ことごとくやってきて、今、その大きな「つけ」が完全に回ってきていると思うのです。重ねて強調しておきたいのですが、家庭教育が重要で、父親の役割、母親の役割、兄弟の役割というものはおのずとあるはずであります。その歪みが学校教育現場に伝染病のように伝染するのだと思うのです。

ここで家庭教育、とりわけ親の役割を再構築することが必要ではないでしょうか。

次に「フリースクール」の出現に言及しておく必要があると思います。教育哲学的に歴史を紐解けば、先進国を中心に「児童・生徒の自主性を重んじる教育哲学の基盤による新しい学校づくり」の試みがあったのです。それは、しっかりとした宗教的、主にキリスト教的背景があり、イタリアの医師、マリア・モンテッソリー女史の提唱したモンテッソリー教育や、またドイツのルドルフ・シュタイナーの提唱したシュタイナー教育が有名ですが、日本でも埼玉でそして北海道で実験的ではありますが、試行錯誤的にその活動があることはご承知だと思います。

しかし、私が今、言及しました「フリースクール」とは、前に述べた先進国が中心となって行ってきた「新しい学校づくり」とは全く別物であります。日本においては、新しい学校づくりはなかなかできず、今日生まれている「フリースクール」とは、不登校児・不登校生徒の「隠れ家」「心の癒しの場所」としての集会室的なもので、いまだにそこには一部の児童・生徒を除き、子供の瞳の輝きが残念ながら見えません。しかし、私はこの存在を否定しません。それは、個性的教育を先取りしているかもしれない、かすかな期待があるからであります。平塚市内でも公立を含めて、3ヶ所程度この不登校児童・生徒のための施設が開設されているようです。

公教育の荒廃を一言で片付けようなどとは毛頭思いませんが、私たち親たちそして教師達も、不登校児童・生徒にとって適切な処方箋を書けないでいるのが現実だと思います。その中で悩む親、悩む家族、悩む教師、それは悲劇にも近いものがあると思います。

もう一つ言及しておかなければならないのは、教育の国際化とも関連しますが、IT教育の問題です。IT教育に関して言えば、日本は技術立国を言明していながら、先進国に10年以上の遅れをとってしまった今、日本政府はその戦略に躍起になっています。学校教育現場では、IT教育が新たな問題を引き起こすことをはらんでいます。IT教育の功と罪が考えられ、IT教育における勝ち組と負け組が形成されることが充分考えられ、新たな差別化へとつながる危険性があり、やがてこれが大きな社会問題となるであろうことを、ここであえて指摘しておきたいと思うのです

現代社会では、人間の多様性が進み、個別化、孤立化が進み、少子化が加速することで社会全体が閉塞状態になっていることは世界的に見ても、日本が一番深刻ではないでしょうか。それにあわせるかのように児童・生徒には「はつらつとした姿」が消え、瞳には輝きをなくしています。大人達は何とかせねばと焦燥感が増すばかりなのです。

今こそ、大人達、親たちが立ち上がらなければなりません。地域の親たちに今一度、学校というものに目を向けて頂き、大きな関心を持ってもらい、地域住民参加型の楽しくみんなに啓かれた学校づくりができるか否かが極めて重要な時であると思うのです。近く、文部省の指導により「学校評議会制度」が発足されますが、官主導ではなく、民主導で「地域住民参加型の楽しく啓かれた学校づくり」を市民一人一人の立場でどう参画できるかが重要で、このシンポジウムの第二のキーワードとしてこの問題を提起し、シンポジストの先生方に是非討論して頂きたいのです。児童・生徒に瞳の輝きを取り戻せるか否か、このキーワードもとても大切なものだと思います。

学校現場の問題、とりわけ教師の資質(学力、表現力、人格、教養等)と校長、教頭等の管理職の学校運営の力量は次回に続けるとして、この私が提起を致しました「家庭教育における親たちの役割をいかに再構築していくか?」及び「地域住民参加型の啓かれた楽しい学校づくりをどう市民サイドでつくれるか?」、という二つのキーワードをシンポジストの先生方に討論して頂き、来るべき21世紀の平塚の教育が一歩でも前進し、活力のあるものになるように祈念しつつ、今回は二つのキーワードを提起して、これをシンポジウムの基調講演と致します。御清聴ありがとうございました。

 

文責 

前平塚市教育委員会委員長

坂本貴史  

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E-Mail: takafumi@sakamoto.or.jp

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